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今月の特集 もっと知りたいあの風物

 

第一特集 せとうち船の旅

塩飽本島

たとえわずか30分であっても、船に乗れば実感できる瀬戸内海の“離島の旅”。
おだやかな波を越え、島々の間を颯爽と海を渡る船旅には、童心に帰るような胸の高まりがあります。
とくに船でしか行けない島には、ゆったりとした時間が流れ、島ならではの伝統や文化を色濃く残しています。
今回はそんな島のなかから、日本の伝統風景が残る塩飽本島をご紹介します。

歴史の宝庫・塩飽本島(しわくほんじま)へ

塩飽勤番所

堂々たる構えの塩飽勤番所

朱印状

織田信長が塩飽水軍に与えた朱印状。天下布武の印判がある

 誌面でもご紹介した塩飽本島。地図上には「本島」と記されています。かつては「塩飽島」、塩飽諸島の中心だったことから「塩飽本島」とも呼ばれており、そこから「本島」となりました。塩飽諸島は備讃瀬戸に浮かぶ28の島々を指します。その中心となった証として、今も格式のある歴史遺産が残っているのが塩飽本島の特徴です。

 本島港で旅客船を下り、まずは塩飽勤番所を目指しました。のどかな風景のなか、鳥のさえずりと虫の鳴き声を聞きながら島の道を歩くこと約10分、勤番所の立派な門が見えてきます。ところで、勤番所とはあまり聞き慣れない言葉ですが、江戸時代の政庁に当たるものです。他の土地と大きく違う点は、ここで執政したのが武士ではないこと。塩飽諸島の船乗り650名には、江戸幕府から人名(にんみょう)という身分が与えられおり、1250石の領地(塩飽諸島28島)の自治を任されていたのです。その人名の代表者として4名の年寄が、勤番所で塩飽諸島全体の行政や係争などを執り仕切っていました。

 建物は寛政時代に建てられ、幕末に改築されたという堂々たるもの。なかには、塩飽の船方としての実力を示す数多くの資料が展示されています。「塩飽水軍は、秀吉の九州攻めや小田原攻めのとき、武士や糧米の輸送で活躍しました。武器を取って戦った訳ではなく、雇われて船を操った船方です」と島の歴史を熟知するガイドの吉田さん。勇敢で操船技術に長けた塩飽衆は、幕府の船方として、北前船の船頭として活躍しました。では塩飽の人にとって、船とはどんなものなのでしょうか。吉田さんにそのことを訊ねてみると、「船は道のようなもの。海域は庭」とのこと。島の人々にとって、やはり船とは生活に欠かせないもの。海の上には、目に見えない無数の道が走っているのです。

島のなかにある島、笠島

 続いての取材先は笠島の伝統的な町並です。島のなかに、もう一つ島という地名が付いているのはちょっと奇妙な感じがしますが「行ってみればわかります。まるでそこだけ独立しているような地形です」と吉田さん。

 笠島までの道のりの途中、海辺へと出ました。美しい浜辺の向こうには、雄大な瀬戸大橋の姿。海と橋の眺望がパノラマのように広がるのも、本島の大きな魅力です。小さな坂道を越えると、笠島地区が見えてきました。

 実際に笠島を訪ねてみて、納得しました。築100年を越えるような屋敷が狭い平地に密集する集落は、東山、西山、それに南を光厳寺山という小高い山で三方を囲まれ、北を海に向けています。「笠のように大きな縁で囲まれている地形だから、笠島」と、真木(さなぎ)邸で島についてのお話をうかがった高島さんが教えてくれました。

瀬戸大橋の眺望

東の海辺からは、瀬戸大橋の眺望が素晴らしい

笠島の集落

笠島の集落は、昭和60年、島しょ部初の「国の重要伝統的建造物群保存地区」に選ばれている

伝統の町並と塩飽大工

真木邸のカマバ

真木(さなぎ)邸のカマバ。ダイドコロと呼ばれる部屋の上から釜を炊ける造りが、古い家屋の特徴なのだとか

大倉邸

江戸後期の建物を一部改修し、自炊宿泊も可能な大倉邸

 高島さんは、真木(さなぎ)邸の元管理人にして塩飽大工という島の古老です。笠島地区に見事なまでに歴史的建造物群が残されている理由は、この塩飽大工の存在抜きには語れません。「昔の船は帆で走っとったんです。帆で走る船は修理が要るんで、港には蓼場(たでば)があって、船大工がたくさんおった」と高島さん。船大工は江戸時代末期ごろから家を建てる大工となったそうです。大工たちは船に乗って各地へと出稼ぎに行きました。たとえば岡山の吉備津神社なども塩飽大工の手によるものです。やがて塩飽大工は腕のいい大工の代名詞として全国から招かれるようになり、今も多くの方々が阪神方面に移り住んでいるそうです。

「雨戸の閉まっとる建物は、大工の家です。盆や彼岸には先祖の墓、お寺のお守りぐらいしちゃろうと、帰ってくるんです。そんときに、家も直します」

 日本の伝統家屋の素晴らしさは、傷んだ部分を修理したり取り替えたりしながら、長く住み継いでいけることにあります。この真木(さなぎ)邸は築180年。もちろん180年前の姿そのままでなく、途中で何回も修理をされたからこそ、こうして堂々と生き続けています。「今の住宅とは全然違います。その空気というか、雰囲気を感じてほしいと思うんです」と高島さんはおっしゃいます。朴訥として穏やかな語り口でしたが、島の文化を受け継ぐ塩飽大工の思い、塩飽衆の誇りを感じました。

大倉邸宿泊料金

大人2〜3人

4,000円(1名につき)

4人以上

3,000円(1名につき)

団体(10人以上)

2,000円(1名につき)

予約・問い合わせ

笠島まち並保存センター
[電]0877-27-3828



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