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今月の特集 もっと知りたいあの風物

 

山口県は実にさまざまな顔を持っています。
瀬戸内海側、日本海側、関門海峡周辺、そして内陸部…
異なる地理条件によって生み出される自然と風土は、バラエティ豊か。
旅の中で学び、見聞を深めるのにふさわしいエリアではないでしょうか。

「まちじゅう博物館」萩を探訪する

自然と歴史が美しく共存している町、萩。
「まちじゅう博物館」を展開するこの町の楽しみ方は、武家屋敷散策だけではありません。
町を取り囲む水辺の風景からは、萩の素顔が見えてきます。

水の都・萩

萩遠景

萩は川と海に囲まれた町。日本海に突き出した指月山がシンボル。

 三角州の中に発展した萩の町は、三方を川に囲まれ、北を日本海に面しています。さらに三角州の中にもお城の堀があり、人工河川の新堀川、藍場川が流れるなど、水がとても身近にあることがわかります。町としての発展は、1608年、毛利氏がこの地に移ってきて以来のことですが、地形や周囲の景色はその当時と大きくは変わらないのだとか。「今でも、水辺に自然がたくさん残っています。萩は水の都です」と萩博物館副館長の樋口さんはおっしゃいます。武家屋敷が建ち並ぶ城下町…という印象が強い萩ですが、美しい水辺の景観もまた萩らしい風景なのです。

八江萩名所図画

『八江萩名所図画』は萩博物館のユニークな体験型展示「萩学なんでもBOX」の中にある。萩八景をはじめ、さまざまな名所が描かれている。

 誌面で取り上げた萩八景は、そんな「水の都」であることの証。萩博物館には『八江萩名所図画(やえはぎめいしょずえ)』という、幕末に刊行された書物があり、自由に閲覧することができます。八江萩とは、江(水辺)に八景を持つ萩という意味。いわば現在の観光ハンドブックのようなもの。萩八景は明治時代くらいまで長らく風流の地として、物見遊山の代表的スポットとして親しまれていたことを示しています。水辺に八景を定め、絵画や詩句の画題とする手法は古くからあり、日本では「近江八景」や「金沢八景」などが有名です。いずれも中国の宋時代に生まれた「瀟湘八景(しょうしょうはっけい)」を手本にしたもの。萩もまた豊かな水に恵まれていたからこそ、そうした「八景」が定められたのでしょう。

武家屋敷の土塀

萩の武家屋敷の土塀からは、夏みかんがのぞく。水辺同様、町なかにも自然が共存している。

 三角州を取り囲むように設けられた萩八景は“三角州の中から外を望む構図”が基本だそうですが、絵画や絵はがきの写真ではさまざまなアングルの構図がとられています。萩博物館で資料に目を通してから、自分なりの八景を見つけに出かけてみると、発見の楽しみを味わえるのではないでしょうか。また、「萩八景遊覧船」に乗ってゆったりと水辺そのものを楽しんだり、川沿いの遊歩道をのんびりと歩いたりするのも、おすすめです。

水との戦い、水との共生

藍場川

鯉が泳ぎ、静かな風情を醸す藍場川も江戸時代の人工河川。農業用水、生活用水、防火用水のほか、川船による物資輸送にも使われた。

 日本海に注ぐ阿武川のデルタ地帯に城下を開いた毛利氏にとって、何よりの脅威は洪水でした。萩藩では、いかに水を治めるかが内政の最重要課題だったそうです。折しも江戸では町火消しが活躍してた頃ですが、「萩ではあまり火事はありませんでした。やはり悩みの種は洪水です。町の人々は自治の一環として町印提灯をかかげ、水位を警戒することが重要な役目でした」と樋口さん。ちょうど萩八景が定められた時期(元禄年間)から、治水対策として新堀川や藍場川が堀り進められ、飛躍的に治水対策が整ったのだそうです。これらの人工河川は、今も萩の市街地を流れています。

 萩藩では洪水による被害を最小限にとどめながら、一方で水を最大限に活かします。陸を行けば、どこへ行くにも山道の多い地理条件ですが、海を使えば早く大量に物資を輸送できます。関ヶ原の合戦の結果、毛利家は海に面した城下町・広島を失いましたが、今度は日本海をゆく交易船の寄港地として、少しずつ力を蓄えていきます。財政再建と同時に軍備、教育に投資することで、幕末史を動かしてゆく原動力となっていくのです。また、海路により長崎との交流も緊密であったそうです。最新の学問・思想から兵器まで、たくさんの文物が長崎を通じて萩に入ってきていました。

御船倉

江戸時代は御船倉辺りまで松本川の河口が広がり、直接船が出入りしていたという。

 そんな「港町・萩」の姿を今もよくとどめているのが、八景のうち『鶴江』の周辺。浜崎地区は、国の伝統的建造物群保存地区にも指定されており、江戸時代の港町風情を残す家並みを見ることができます。旧萩藩御船倉も必見です。いわば船のドックですが、ここに納められていたのは藩の御座船や軍船。立派な石壁に木造、瓦葺きのどっしりとした建物は、往事長州藩が海によって成り立っていたことをしのばせます。

旧湯川屋敷

旧湯川家屋敷内のハトバ。屋内から川の水を利用していたことがよくわかる。

桂太郎旧宅

陸軍大将や総理大臣を務めた桂太郎の旧宅。庭の水は藍場川から引き入れられている。

 水を活かした風物は、八景の『中津江』の付近にも残っていました。それが藍場川の「ハトバ」。「ハトバ」とは川に降りられる階段をつくって、屋敷内から直接川の水を利用できるようにした場所で、旧湯川家屋敷などで見学することができます。ここで野菜や食器を洗えば、水は再び藍場川に還っていきます。いわば、リサイクル。萩の武家屋敷を訪ね歩いてみると、江戸時代の「まち」がいかに自然と隣り合わせであり、自然の営みと共生していたのかがよくわかります。

三角州の外へ〜維新胎動の地・松本村〜

松下村塾講義堂

松陰神社境内に保存されている松下村塾講義堂。今も往事の姿を残す。

伊藤博文旧宅

伊藤博文が少年時代、奉公しながら住んだ家。隣には総理大臣となった後の別邸が移築されている。

 萩八景の『下津江』。場所は諸説ありますが、「現在の松本大橋と松陰大橋の間だと思われます」と萩博物館の樋口さん。その近辺を訪ねてみると、奥平家長屋門など武家屋敷のたたずまいが残る、萩らしい閑静な住宅地です。建物は残っていませんが、幕末に革新派の代表者として藩政を執り仕切った周布政之助の邸宅跡碑なども立っています。ここから松本川を望む景色が八景の一つ。対岸に見えているのが、かつて松本村と呼ばれていた一帯です。この一見のどかな風景の村の一角から、明治維新の胎動がはじまりました。

 松本川の東郊・旧松本村は、山あいに緑多く、豊かな自然に囲まれたエリア。三角州の内側の城下町とは違う趣があります。ここに現存しているのが、有名な「松下村塾」。幕末、吉田松陰が数多くの若者たちを教え導いたことで知られています。門下生の顔ぶれは、桂小五郎、高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文、品川弥二郎、山田顕義、山県有朋など、のちに明治の元老となった人物を含むそうそうたる面々。これだけの人物を排出した学舎が、家屋の離れの小屋にすぎず、講義室に至ってはわずか八畳の広さであったことに、驚きを禁じ得ません。

 この松下村塾が保存されている松陰神社から山側に歩いて5分ほどの場所には、伊藤博文が少年時代を過ごした旧宅が残っています。茅葺き屋根の家屋は、農村に居住していた萩の下級武士の住宅の典型的なもの。多くの城下町がそうであるように、萩藩でも武家の階級により居住区域が定められており、上級武士は最もお城に近い場所に、中級、下級になるに従い城下から離れ、一部の下級武士は三角州の外の農村住まいでした。つまり松本村とはそうした下級武士が住んだ農村であり、吉田松陰もまた、貧しい境遇に育ったのです。

 

高杉晋作生誕地

城下菊屋横丁の高杉晋作生誕地。付近には白壁の武家屋敷や商家が軒を連ねている。

 松陰は自分のことを「僕」、相手のことを「君」と呼んでいたそうです。たとえ相手が上級武士の家柄の高杉晋作であっても、武士といえないほどに低い身分であった伊藤博文であっても、分け隔てることはありませんでした。いわば対等な人間関係。この進歩的な考え方は、のちに高杉晋作により編成された庶民兵「奇兵隊」へとつながって倒幕の原動力となり、明治維新後の四民平等までつながっていきます。このことは吉田松陰が三角州の外側の住人であり、松下村塾が三角州の外側にあったことと無関係ではないのかもしれません。田畑を耕し、庶民同様の暮らしの中で育った松陰には、三角州の中の立派な武家屋敷や商家はどのように映っていたのでしようか。また、武家屋敷育ちの高杉晋作や桂小五郎には、松本村の風景はどのように見えていたのでしょうか。

萩博物館

萩博物館では吉田松陰の展示物が充実。幕末長州藩の出来事は松陰を中心に回っていたことがよくわかる。最初にここで萩の姿を学んでから、萩をめぐり歩けば、見える景色も変わってくる。

 幸いにも萩には、江戸時代からあまり変わることのない建物や道、そして自然風景などが今もたくさん残っています。現在はとてもおだやかな町ですが、幕末の人物になったつもりで川の内側と外側を行き来してみると、この小さな町から巻き起こった幕末維新の息吹に出会えるような気がしてきます。



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